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神社まめ知識(生活の中での慣習)
生活の中に溶け込んだ慣習をご紹介します

暦について

我々日本人は、季節の変化があること、四季があること を当然のように思いがちですが、 四季があるって言うことは、実はすごいことですよね。

赤道に近すぎれば暑いばかりですし、日本と同じくらいの北緯に位置する場所でも、 周囲の地形条件などによっては、砂漠もあります。北極や南極に近すぎれば寒いですし。。。

日本の豊かな森や、森で浄化された湧き水、 日本の狭い地形独特の短く急な川、といった 沢山の条件が重なり、上質の水が得られ、 四季の変化に富んだ豊かな自然の恵みによって、 農耕文化が発達してきたわけです。

今でこそ暦は太陽暦となっていますが、農作業のことを考えれば 現代でも日本で明治まで使われていた旧暦の方が優れているらしいですよ。
伊勢の神宮さまでは、毎年「神宮暦」を刊行されています。 神宮暦は、旧暦を中心として記載された暦で、この中には、大寒・立春などの 二十四節気の日付や、潮の満ち引き月出・月入の時刻、その月の 農作業のポイント大安や先勝など六曜表などが掲載してあり、 全国の神社で購入可能(1冊200円)です。

現在使われている暦は、ご存じの通り「太陽暦」とよばれる暦で、 まさに文字通り、太陽の動きや位置を元にしてつくられた暦です。

それに対して、前述の「旧暦」は、月の満ち欠け(動きや位置)からつくられた 「太陰暦」と呼ばれる暦を元にして、日本で作られた暦です。
月の周期は約28日ですから、太陽の周期とずれがある為に、 月の暦では、ほっておくと年を追う毎にどんどん季節感がずれてきます。 そこで旧暦では閏月などを設けて、太陽の周期とのズレを調整してるんですね。

そして、我々の先人達の優れた知恵により、「節気」 という太陽の動きを基本にしたものを暦に入れ込みました。
   太陽が出ている時間が一番長い『夏至』
   逆に一番短い『冬至』
   夏至と冬至の中間で昼夜の時間が同じ『春分』、『秋分』
   これら4つのそれぞれの中間に、『立春』、『立夏』、『立秋』、『立冬』

農耕民族の日本人にとって、季節感のズレは農作業に致命的であり、 月と太陽の暦を上手く融合させた暦と言えます。

①新月→②三日月→③半月(上弦の月)→④満月→⑤半月(下弦の月)→⑥新月

①新月 月齢1.3②三日月 月齢3.6③半月(上弦の月)月齢6.7④満月 月齢14.6⑤半月(下弦の月)月齢22.1⑥新月 月齢27.9
この写真は、 『星への誘い』さまより使用させていただいております。感謝。

このように、見えない状態から、だんだん太くなってきて満月になり、 だんだん細くなって見えなくなる事を繰り返しています。

三日月(ミカヅキ)」とは、なぜ「三日」月なんでしょうか?
②三日月 月齢3.6 旧暦では、①新月を朔日(ついたち)、月がだんだん大きくなるに従って2日、3日・・・となり、 ④満月の頃が15日、月が欠けていくに従って16日、17日・・・、 月が新月に戻る頃が29日または30日の晦日(つごもり)です。
もうお判りの通り、旧暦の毎月3日に当たる日の月の形を「三日月」と呼ぶんですね。 なんで三日月って言うの???と子供の頃思っていましたが、納得!です。
旧暦の毎月15日のお月様は、歌にも「十五夜お月様・・・」とありますように、 満月です。

月末になって、ほぼ月が欠けて新月に近くなった状態を晦日(つごもり)と言いますが、これは「つき・こもり」 から来る言葉で、月が籠もるという意味です。
そして翌日の朔日(ついたち)は、いまでも1日のことを朔日と呼びますが、本来は「つき・たち」から来る言葉で、 月が立ちはじめる日という意味です。旧暦の朔日こそ、晴れていても月がほぼ見えない新月から日ごとに月が大きくなって いく朔日なのですね。

現在でも、月の始まりである1日は、「朔日詣り」と称して氏神様にお詣りする日とされます。 これは、旧暦において月末である28日と月初めである1日は、 上に述べたとおり晴れていても月の明かりがほとんど無い状態だからです。
電気がなかった時代(まだほんの近い過去ですね)、 月の光がほとんど無い1日未明は、まさに真っ暗闇だったんだろうな、と 思われます。
そうして夜が明けてくると、闇夜はうっすらと白けてきて、 東の空が徐々に徐々に輝いてくる。

朔日の日の出は、まさに闇から明るい世界への切り替わりであり、 新たなスタートの第1歩を象徴する日の出なのではないでしょうか。 お日様への畏敬の念を込めた自然の恵みへの感謝と、 新しいスタートへの誓いをたてることこそが、朔日詣りの本義なのかも知れません。
その中でも、一年の始まりである元旦の朝に昇るお日様は、 古来より我々日本人は「初日の出を拝む」、 「ご来光」等と呼び、 特別な感情を持って見ています。

学術的・神学的な論理はさておき、1日朝の「日の出」にはありがたい輝きがあるんですよ。 みなさまも是非ちょっと早起きして、お日様に感謝し、近くの氏神様にお詣りされてみてはいかがでしょうか。

干支について

甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、 庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)の十干と、 子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の十二支を、順次ならべて作ったものです。 十干、十二支ともに、それぞれ毎年一つずつずらして組合せを作ります。 10個と12個の組合せ、 つまり最小公倍数である60通りの組合せができあがります。 この60通りの干支を年、月、日、に割り当て、基準から周期的に繰り返します。
60歳を還暦というのは、干支が生まれた年に戻るからです。

歳を干支で数えるようになったのは、 漢の時代(紀元前200年頃)と言われ、日本では中国から伝わってきた暦法施行の 持統天皇時代(紀元690年頃)から使われるようになりました。
甲子園球場、戊辰戦争など、その年の干支がそのまま名前となることもあります。そのくらい国民に浸透していたんですね。
「今年の恵方は?」とか、「恵方を向いて太巻きを食べる」 と、節分になるとよく耳にする「恵方」。 その「恵方」は、この十干を用いて定められています。
甲・己の年 … 甲(キノエ)の方角 [寅と卯の間  つまり東微北=ほぼ東北東
乙・庚の年 … 庚(カノエ)の方角 [申と酉の間  つまり西微南=ほぼ西南西
丙・辛・戊・癸の年 … 丙(ヒノエ)の方角 [巳と午の間 つまり南微東=ほぼ南南東
丁・壬の年 … 壬(ミズノエ)の方角[亥と子の間  つまり北微西=ほぼ北北西
恵方を示したこちらの図をご参照下さい。

数え年とは

現在では、生まれた時を0歳として、誕生日が来ると1つ歳をとりますが(満年齢)、 昔は生まれた時を1歳として、お正月が来ると1つ歳をとります(数え年)。
従って、満年齢で今年なる年齢に、1つ足すと数え年になります。 (つまり今年の誕生日がまだの人は2つ、誕生日が来ている人は1つ足します)
これはお正月に歳神様をお迎えし、歳神様の御霊をいただくことによって1つ歳をとると言う考え方 からです。門松やしめ飾りは、歳神様に家に来て頂くための目印や、お迎えする場所・依代(よりしろ)、 鏡餅は歳神様へのお供え物という意味がございます。 「数え年」は神様への感謝の気持ちを込めた年齢の数え方、とも言えますね。

こういった意味から言えば、年齢に関するお詣りは数え年で行う方が好ましいと言えるかもしれません。 ただし、最近は数え年が一般的ではないせいか満年齢でお参りされる方も増えてまいりました。 大事なことは感謝の気持ちを持つ事ですから、 その年の体調やご都合に合わせて、満年齢でお詣りされても構いません。

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