10月10日
昭和43年10月から10月10日(体育の日)が例祭日となりました。
これは氏子側から、 例祭日を参詣しやすく、
行事への参加がしやすい休日に変えて欲しいという要望が高まった事と、
また氏神さまと氏子崇敬者との一体感を高め敬神崇祖の気持ちを多くの人に持って欲しいという
神道教化の目的 から10月17日に近い祝日をお祭りの日と選んだわけです。
御旅所は、呉市の中心街の現れんが通りの一角となりました。
敬神の念厚い婦人会による舞踊の奉納が人気を集めています。
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昭和50年迄は例祭日の夜、土でつくった玉の中に福紙を若干納め、
参詣者がお互いに玉を替へ、福を交換しあう「玉替え行事」を行っていました。
男女間の厳しい時代、唯一の、声を掛けあえる行事として賑はっておりましたが、
「玉すべてに空のものは設けぬ」という通達や、
ジャンケン等でギャンブル化する等の理由もあり、取りやめとなってしまいました。
僕が子供の頃は、境内のあちこちで、10数人が輪になって、玉替えを行っていたのを覚えています。
(確かに、じゃんけんに勝った人が玉を総取りしていましたのでギャンブルかはしてましたね。
でも声をかけあって活気がありました。) |