| 恵美須神社 |
創立年代は不詳です。もとは宮原村に鎮座したが、呉鎮守府設置により、
明治19年に呉市二川町(現クレイトンベイホテル近辺)に移転、
さらに明治42年に現在地へ移転しました。 社殿老朽化のため昭和42年に再建しています。 |
| 照日神社 |
文明年間(西暦1469-87)に石田左近尉三藤が造営し、宮司太刀掛五郎次郎能賢が
遷宮(お宮を移転するための神事)を奉仕したと伝えられています。
福島正則に社領を没収されましたが、万治2年(1659)に再興、寛延3年(1750)、安永3年(1774)
に再建されています。 社殿老朽化のため昭和45年に新築しています。 |
| 大歳神社 |
創立年代不詳。もとは呉市和庄(現亀山神社近辺)に鎮座しましたが、
周辺の都市化に伴い明治42年9月に現在地へ移転しました。 |
| 鯛之宮神社 |
創祀年代は不詳ですが、文亀年間(1501-4)に満田氏が神田2所を寄進し、
社殿を造営したと伝えられています。 その後福島正則により神田を没収されましたが、
天和年間(1681-4)および貞享年間(1684-8)に仮殿造営、元文5年(1740)
に社殿を再興しました。 「鯛を献じて祈願をなすと諸願成就すると伝えられる。
よりて鯛宮と称す」と言う伝承があります。 |
| 貴船神社 |
もとは龍王社と称し、呉市庄山田村に鎮座していましたが、社殿が荒廃し
龍王石のみが残っていました。 後に延宝年間(1673-81)に村民が雨乞いをしたときに
雨が降り救われ、霊験あらたかにより、延宝8年(1680)亀山神社境内に小さなほこらを
祀り、享保4年(1719)現在地に社殿を建立しました。元文5年(1740)本殿を造替し、
寛延2年(1749)拝殿を造営しています。 「近くの二河川の滝から龍神が水を飲み、
竜巻を起こして慈雨を降らせた」という伝承があります。 |
| 平原神社 |
創祀年代は不詳ですが、万治2年(1659)に社殿を再建しています。
古くは亀山神社の摂社でした。 亀山神社の社伝によると、
「鹿田(現平原神社近辺)より神衣調進奉り、狭衣之社その処にあり」とあり、
この狭衣之社が平原神社ではないかと考えられます。 |
| 高日神社 |
応仁元年(1467)岡入実広が社殿を造営と伝えられています。その後天正9年(1581)
佐川四郎方利が社殿再造しようとしますが、兵乱により成就せず、社殿が荒廃し
小さなほこらを残すのみとなりました。正徳5年(1715)に社殿は新築されています。
もとは呉市和庄村字高日に鎮座しましたが、呉鎮守府設置により明治19年に字堀へ移転、
大正3年に現在地へ移転しています。 |
| 八咫烏神社 |
「神武天皇東征の砌(さい)、当地に賊ありてそれを平定せんとするに八咫烏が先駆けて
休山(亀山神社のすぐ裏の山で、高烏山ともいわれます)に翼を休め、
その効力に賊は退散したと言われています。 その後、その地に地元の人たちが社を造営しました。
文正2年(1467)地頭某が社殿を再建、大正7年火災に遭い、
昭和15年に高台に移して社殿を再建しました。
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| 赤崎神社 |
調べておきます。 |