その昔、北の海に住んでいた武塔の神(むとうのかみ)が、南の国の神の娘に結婚を申し込むため、
出掛けていった時のことです。武塔の神が南に向って歩いている途中、とうとう日が暮れてしまいました。
「困ったものだ。今晩どこに泊まればいいのだろうか。」
困り果てた武塔の神はあたりを見回すと、遠くに窓から明かりがもれている家が二軒見えます。
「これは助かった。」と思いながら近づいてみると、
そこには「将来」という二人の兄弟の家がありました。
兄の蘇民将来(そみんしょうらい)は大変に貧しく、
弟の巨旦将来(こたんしょうらい)はたいそう豊かで、
その屋敷にはたくさんの倉が建っています。
「旅の者です。一晩泊めていただけませんか。」
武塔の神は、裕福な弟の家を訪ね、一夜の宿を頼みました。
しかし、弟の巨旦将来は薄汚い身なりの武塔の神をみて、
泊めることを惜しんで追い払ってしまいました。 困った武塔の神は、
もう一軒の兄の家を訪ねてみることにしました。
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「旅の者です。南の国に行く途中、日が暮れてしまいました。どうか一晩だけ泊めて下さい。」
兄の蘇民将来は貧しいにもかかわらず、喜んで武塔の神を家に迎え、
粟のごはんを作って、出来る限りのもてなしをしました。
その後何年かたった時のことです。武塔の神は、いつかのお礼を言うため、
海の神の娘と八人の子供を連れて兄の家に立ち寄ると、
家族全員に茅で作った「茅の輪」を授けて、
「腰の上にこの茅の輪をつけなさい。
そうすれば、あなたがたの家族は末永く栄えるだろう。」と言いました。
その後、どうしたことか二人の兄弟が住んでいた村に突然疫病がはやり、
村人は皆死んでしまいましたが、不思議なことに、茅の輪を
つけた兄の蘇民将来の家族だけが助かったのです。
そして現われた武塔の神は、「われはスサノオノミコトである。
また疫病が流行したら、蘇民将来の子孫である、と言えば災難は免れるべし。」
と言ったといいます。
京都の八坂神社や伊勢・志摩地方の年中行事をはじめ、
厄除け祈願として茅の輪潜りや蘇民将来護符の頒布、注連飾りなどの祭祀が盛んに行われている。 |