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神道のキモ①:祭「マツリ」とは

表紙にもあるとおり、まだこのHPは「お遊び」のレベルなので、 神道神学の本から抜粋したような内容ではなく、あくまでも僕の私見で申します。
幼稚な言葉の羅列になりますが・・・


このページでは、「祭(マツリ)」の全般的な意味や種類などをご紹介致します。
また、呉の祭独特のヤブの役目についての説明や、神輿はなぜ出るのかなど、 素朴な疑問にお答えしております。
関連して、当社ホームページ 亀山神社ドットコム http://www.kameyama-jinja.com 内では、 当社の秋祭の変遷について歴史のページに、 当社の秋祭りの様子を撮した写真を写真館に、それぞれ掲載しております。

こちらも併せて是非ご覧下さい。

また、秋祭りの奉納行事を取り仕切る氏子奉賛会青年部製作の、 過去の秋祭りの様子やスライドショーも 掲載しております。非常に上手く作ってあります。是非ご覧下さい。


【マツ・リ】
神社神道において行われるすべての神事の総称を「祭(マツリ)」と呼びます。

「おまつり」と呼ぶと、神社の境内に露店が並んだ賑やかなお祭の事を思い浮かべる方が 多いと思いますが、それだけを指すモノではないんですね。一般に「お祭」と言われる春祭りや秋祭りは、 「春季例祭」や「秋季例祭」など「例祭」と呼ばれる祭です。
厄年に当たる人が神社にお詣りされて厄祓いをうける事は「厄祓祭」と呼びますし、 家を建てる時には「地鎮祭」と言う祭をいたします。 例を挙げるときりがないので、(全て祭とつきますので・・・)この辺りで。。。
すべての祭は、細部での違いはありますが、
①お清めのお祓い・・・修祓
②神様に海・川・山・野で採れた魚や野菜などをお供えする・・・献饌まめ知識「神道のキモ②」
③神様へお願いや感謝の気持ちを伝える・・・祝詞奏上
④貴重な物をお供えする・・・玉串奉奠
玉串は榊の葉に紙を付けた物ですが、榊の葉は敷きもので、榊に付いている紙の方が神様に対するお供えです。 これは古代から中世まで布や紙が貴重品であった名残です。
⑤②でお供えしたお酒や魚や野菜などを下げて、参列者でいただきます ・・・直会まめ知識「神道のキモ③」
という流れです。
亀山神社 例祭にて
プライバシー保護の為に顔をぼかしたのではなく、単にピントが呆けてるだけです(汗)
ちなみ青い装束が僕です。

つまり「祭」とは、神様にごちそうを出して接待?し、 自分たちの願いや感謝の気持ちを聞いていただくこと、です。
自分たちにすごく近いところまで神様にお出ましい ただいて、願いを聞いてもらうために、 神様を心待ちに「待つ」わけです。
「待つ」こと、すなわち「まつ・り」なのですね。

祭においてカミを待ち、カミにお供えしたごちそうやお酒をいただいて カミと共に賑やかな楽しい宴会(直会)をしたムラやマチの人々は、 御神酒に酔っぱらい、いよいよ酔っぱらうと中には顔面蒼白となり、 ワケ解らない事を口走る者も出てきます。(『神懸かり』とはこういう様の事かもしれないですね)

酒を飲んで神にささげる踊り「神楽」を舞っていれば誰でも酔いが回りますよね。ともあれ、 マツリにおいて御神酒をいただき半狂乱状態になる人は多かったかもしれません。
生活はそんなに豊かではなかったはずですから、 年に1度マツリの時だけの楽しみだったのかもしれないですね。 現在我々が使っている日本語で、「面白い(オモシロイ)」と言う言葉がありますよね。

国語辞典(大辞林)によれば、
 (1)楽しい。愉快だ。
 (2)興味をそそる。興味深い。
 (3)こっけいだ。おかしい。
 (4)(多く、打ち消しの語を伴う)心にかなう。好ましい。望ましい。
 (5)景色などが明るく広々とした感じで、気分がはればれとするようだ。明るく目が覚めるようだ。
 (6)心をひかれる。趣が深い。風流だ。

とありますが、「面白い」の語源はマツリにおける
= 年に1度の半狂乱、だと言われています。


【亀山神社 秋の例祭について】
ヤブととんぼがもみ合って、やがて俵が神前に奉納されます 平成12年より祝日法が変わり、亀山神社例祭は、
10月第2日曜日となりました。その前日が宵祭りです。

左の写真は最近の秋の例祭の様子です。亀山神社祭礼氏子奉賛会の奉納行事が行われているところですね。
祭が行われる日も、時代時代で変遷してきました。「歴史」のページ にはそのあたりの事にも触れていますので、ご興味のある方はご覧下さい。

以下、例大祭に関する事を、亀山神社の例祭に絡めながら記載致します。


【祭の種類】
当社の秋のお祭は、よく「例大祭」と呼ばれますが、正式には「例祭」と呼びます。  「例祭」は、神社で行われるもっとも重要な祭事の一つです。 祭事には、「大祭」、「中祭」、「小祭」、「雑祭」という区別があって、 この区別によって神主が着る装束も違いますし、式の流れも若干変わってきます。 漢字のイメージの通りですが、雑祭が一番簡略された祭で、小祭→中祭→大祭となるに従って式次第も複雑になり、 神主が着る装束も正式な形に変わっていきます。
「大祭」のみ「正服」と呼ばれる一番正式な装束(衣冠束帯)を着けることができまして、 「例祭」はこの区別の中で「大祭」に区別されますので、正服を着ております。
例祭は社殿内で行うので、一般の皆様にはなかなか装束を見ていただくことができませんが、 神幸祭の折、御神輿について正服でずっと歩きますので是非ご覧下さい。
【例祭の意味】
例祭が行われる時期により意味が違ってきます。
当社の例祭の場合は、

①亀山神社の神様がこの呉の地に鎮座された事への感謝の祭
すでに焼失した古文書に
「筑紫国宇佐島より後国姫島に御遷座、 人皇四十代天武天皇の御宇白鳳八年八月十五日 巳刻に姫島より安藝国栃原村甲手山に天降り給ひ、 後、 人皇四十二代文武天皇の御宇、大宝三癸卯年(703年)八月十五日、 呉宮原村字亀山(素は入船山と称せしも御遷座の時亀山と名付く)の地に鎮座せり」
とありまして、旧暦8月15日を今の暦にするとだいたい9月下旬から10月中旬になります。
従って10月第2日曜日に行う当社の例祭は、 現代風に言ってみれば会社の創業記念日の式典を行うようなものですね。
②米の豊作への感謝の祭
明治以前の呉町は本来宮原村で、「藝藩通史」には
「宮原村の民十の中八は農にしてその餘は魚商なり。」
とあり、農作物豊作に対する感謝の祭という意味も大きかったようです。 例祭の神事では我々神職が神に祝詞(のりと)を奏上しますが、 祝詞は神に対する地域住民(氏子)の気持ちであり、神職は氏子と神の間を取りもつ仲取りもちとなります。 氏子の気持ちを代弁し神に直接お伝えするのが、神主の役目です。
の2つの意味をもちます。
【なぜ御神輿をだすのか】
普段、神は神社の本殿にお鎮まりになり、地域の人々(氏子)が神社へお詣りに行きます。 しかし氏子の「自分たちの生活の場を実際に神に見て頂きたい」という願いから、 神様に御神輿のお乗りいただき、氏子の住んでいるマチやムラまでお出ましいただくのが、神幸です。
現在の亀山神社御神輿の神幸の順路は、
例祭日午後3時、神社を出発し、四つ道路から本通を通り、中通りの銀座パーキング(銀座デパート跡地) 前にて神幸祭、れんが通りを通り抜けて四つ道路から神社に帰るというコースをとっております。

町中にしめ縄をはり、白い紙(御幣)を下げていますが、
あれは「日常なるもの=ケ」と「非日常なるもの=ハレ」との境界を表すものです。
神が乗った御神輿に通って頂けるように、その地域の住民が力を合わせて掃除して清め 住民皆でしめ縄をはります。つまり町に張ってあるしめ縄は、その地域住民の
「この場所は我々で掃き清めましたので、是非御神輿に乗って神様にはこの地区に来て欲しい。 そして自分たちの実際の生活を見て欲しい
という願いが込められたものと言えます。
【鬼の面をかぶった『ヤブ』の役目】
ヤブは呉地方独特の存在です。神職の勉強する際にも教科書に載っておりません。 教科書に載っている中でヤブと似ているのが、天狗の面をかぶった「猿田彦」という役です。 猿田彦は神話の中にも出てくる神様で、道案内の神様です。

ヤブの役目は、「神様の警護」「神様の道案内」の二つです。
そう言った役目を担うヤブですから、例祭当日の朝には、必ず清めの祓えの為神社に詣ります。 右の写真は亀山神社祭礼氏子奉賛会会長を先頭に鳥居をくぐって社殿まで参進している様子です。
祭当日の早朝、奉賛会会長を先頭にヤブが祓えを受けます

神に奉納する新米を乗せた俵みこし(通称「とんぼ」)に付いて、 囃子とヤブが例祭当日午後2時に宮入してきます。 ヤブは神に奉納する大事な米を守る為に、道中とんぼについて警護します。
ヤブととんぼがもみ合い氏子からの奉納を邪魔しているようにも見えますが、そうではありません。 これは、

いよいよ奉納直前 もみ合いもクライマックスです ①変な米を奉納させないように検閲?している
②籾殻の付いた米ですから、しっかりもんで殻をとり美味しいお米にしてから社殿に入れる
為であると言われています。
また、宮入後は、神社から出る神様の乗った御神輿について歩き、神様を守ります
御神輿の通り道に邪魔が入る事を防ぎ、進路をふさぐ者や御神輿を2階から見下ろす者がいれば、 ヤブは持っている竹の棒で威嚇し、神様の進路を確保します。


現実的な事を少々書き加えますと、
ヤブの面をかぶると、ほとんど前が見えません。面に空いている目の穴 (すごく小さいのと、かぶる人の目の位置に合わない)と、 少しだけ開いている口の穴から、かろうじて見えるだけです。
さらに背中には重たい荒縄を背負っている為に、ヤブが一人(一匹)だけで動き回る事は大変な事なんですね。
そこでヤブには白装束にさらしを巻いた介添えの者がついています。背中の荒縄を支えていたり、
ヤブに指示を出したりしていますので、お祭の時に見てみて下さい。
そんな理由で、ヤブの近くに出て行くとケッコウあぶないです。特に、御神輿の通り道にかかる場合は、 手に持っている孟宗竹で威嚇したり、押し込んだりして御神輿の通路を確保しようとしますので、ご注意下さい。
マスコミでもよく取り上げられるような、大きな山車を出す有名なお祭でも、 地元の住民が力を合わせて行う地域のお祭でも、大事な事は「カミに対して、マチやムラの人々が感謝する」 と言う気持ちが根底にある事です。神の恵み、自然の恵みに対する感謝の気持ちを忘れてしまった時に、 祭はマツ・リではなく、単なるイベントになり下がってしまいます。
イベント化してしまいがちな昨今の祭ですが、このページが祭を理解して頂く一助になるといいなと思っております。


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