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神道のキモE:祓詞(ハラヘコトバ)

【続:神道の原点!?】
神道のキモC:禊・身滌(ミソギ・ミ ソギ) でも載せてますが、こちらでも引用させて頂きます。

神道は、世界的に見ても稀なほど、清浄を重んじる宗教だといわれる。
その背景には、 もともと神の分霊(ワケミタマ)である 心と身体を「清く正しい」状態、 つまり本来あるべき姿にしたいという古代日本人の思想があった。
今日、神社に参拝する ときも、 まず手を洗い、口をすすぐ。 また、神職達は神聖な滝や川や海辺で禊(ミソギ)を行い、精進潔斎する。 身の穢れを祓うことは、 魂の穢れを祓うことでもあり、 神への祈りのための前提条件なのであった。

薗田稔先生(京都大学元教授・秩父神社宮司)



【すべての祭で】
祓詞(ハライコトバ)は、文字通り「祓う」為のことばです。色々な種類の祓えの詞が有りますが、 現在神社本庁で、「通常の祓え詞」として示す詞は、ここで記載している祓詞です。
現在、神社神道による祭(祭典)は、特殊神事を除いて式次第はほぼ決まっております。
開式
修祓
(シュバツ)
祭(祭典)を始める前に、御奉仕する神職・巫女、 御供えする神饌物、玉串、参列者等々 すべてをお清めする儀です。この儀に於いて 祓詞(ハラエコトバ)を奏上します。
献饌
(ケンセン)
神にお食事を御供えして食べていただきます。 願いを聞いていただく前に、ご馳走をお出ししておもてなしをする儀です。
祝詞奏上
(ノリトソウジョウ)
祝詞とは神へ申し上げることばで、御守りいただいている事への感謝の意や、 これからも御守りいただくお願いを申し上げる儀です。
玉串奉奠
(タマグシホウテン)
玉串を御供えし拝礼する儀です。
撤饌(テッセン)
最初に御供えした食事をさげます。
閉式
祭の前に必ず、祓い詞を奏上して、お祓いします


と、まぁこんな具合です。どんな祭に於いても、 本来の祭の前に必ず「修祓」を行い、 祓詞を奏上して祭典奉仕者・参列者すべてをお清めしお祓い致します。 神様に御願いや感謝の意をお伝えする前にお清めを受ける、というのが「修祓」です。
修祓は神前に出る前のお清めですので、 社殿内で行われる祭典の場合でも、本来は社殿の外にしめ縄を四角に囲んで張り、 祓戸(ハラエド)と呼ばれる修祓専用の場所を設けて、修祓を行います。
祭典の便宜上、社殿内の中心線を外した場所に祓戸を設けて修祓を行う場合が多く(当社も社殿内で修祓を行っています)、 社殿の外に祓え戸を設けているのはかなり規模の大きな大社に限られるようです。
【祓詞(ハラエコトバ)はこのようなコトバです】
祓詞カナ   祓詞


【今風の言葉にしてみると…】
漢字や万葉仮名の使用については、文献によって色々違う文字が使われているので、ここでは 現在 神 社 本 廰 が示している通りに記載しています。ただ、御神名でさえ、古事記と日本書紀では異なった 漢字が使われていることも多く、どれが正しいとは言えません。

しかし、やはりカタカナばかりの文は読みにくいですね。
そういえば、看護師国家試験の合格者名一覧が新聞に掲載されているのを見ましたが、 すべてカタカナで書いてありまして、目がチカチカして途中で見るのをやめました。。。
個人情報がどうだ、とか人権がどうだ、とかいろんな理由で新しい法律ができたことに依るそうですが、 不便なことだけは確かですね。話が逸れました。

祓詞を、漢字と仮名を使った読みやすい形で書いてみます。
掛けまくも畏き 伊耶那岐大神
筑紫の日向の橘小戸の阿波岐原
禊ぎ祓え給いし時に 生りませる 祓戸大神たち
諸々の禍事・罪・穢 有らんをば
祓え給い 清め給えと 白すことを 聞こしめせと
恐み 恐みも 白す
となります。
このように書いてみると、なんとなく意味が解るような文に見えてきませんか?

冒頭の「掛けまくも畏き」は、神の名前の前に付ける決まり文句で、神に対する敬意を表すものです。
3行目の「生りませる」の「なる」は「成る」とも書くことがありまして、 生まれたという意味ですが、男女のいとなみによって 生まれてきた、とは少し異なり、自然発生的に形成された (これも少し違いますが…)に近い意味です。
従って最初の2行は、
伊耶那岐大神(イザナギノオオカミ)様が、筑紫(現在の九州)の日向の国(現在の宮崎県と少しだけ領域が違うようです)の 橘小戸の阿波岐原(JR宮崎駅の周辺2〜3km以内の所に、 今でも「橘」「小戸町」「阿波岐原」は地名として残っています。 阿波岐原はシーガイアのある 一ッ葉海岸(ひとつばかいがん)の一角の地名。)という所で 禊ぎ(ミソギ)をされた時に、 出現された祓戸大神たちに申し上げます〜
と言った感じです。

後半の3行は、読んだだけで大体の意味がお判りになるのではないでしょうか?
色々な災(禍)やツミ・ケガレが有るだろうから、有った時には祓い清めて下さい〜
と言う御願いを、是非是非お聞き下さいませませ… 畏れおおいことですが〜
となるでしょう。古文の助動詞・助詞関係の訳が間違っているかもしれませんが、お許しを・・・

禊ぎ(ミソギ)の話とかぶりますが】
此の「祓詞」は、古事記に書かれている場面を読んだものです。
『古事記』には太安万侶の手による序文がつけられていますが、 それによると第40代天武天皇が『古事記』編纂を思いつき、 第43代元明天皇の時代にやっと完成したとされています。712年(和銅5年)とされているので、 今から約1300年前の事になりますか。

さて、祓詞の書いてある古事記の場面とは次の通りです。
イザナミが火之神である 火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ) を産んだときに、女陰に火傷をして、それが原因で死んでしまうんですね。
イザナキは、死んでしまった妻に会いたくて、死者の国である 『黄泉の国(ヨミノクニ)』 までイザナミに会いに行きます。
黄泉の国でのいろいろな話がでてきますが、ここでは触れません。
そして、黄泉の国から帰ってきたイザナキは、

イザナキ: 「吾(わたし)はなんと、穢れた国に足を踏み入れてしまったのだろう。 この身も随分穢れてしまっているに違いない。」

と筑紫の国の日向の橘の小門の阿波岐原と言う所で、禊ぎを行う。 とあります。
広島県大野町 妹背の滝にて
まさに祓詞はこの場面ですね。
【イザナキの『禊ぎ』によって生まれた神々 (ここも禊ぎ(ミソギ)とかぶります…)】
イザナキは男神ですから、「イザナキから生まれた神々は、男女の営みによって生まれてきたのではない」 と言うことは明らかです。こういった神々は古事記の中に沢山見られ、前述したとおり 「成る・生る・なる・ナル」という風に表されております。

身につけていた物から成った神もいれば、神の髪の毛や爪など体の一部から成った神もいますし、 さらにはゲロや糞などの汚物から成った神もいらっしゃいます。
こういった記載を見ても、日本人の神観念の一端をなんとなく感じることができますね。

いよいよ禊ぎの場面ですが、
イザナキは、禊ぎを行うために、身につけているものを次々と脱いでいったのです。
投げ捨てたから生まれた神は、 衝立船戸神ツキタツフナトノカミ
投げ捨てたから生まれた神は、 道之長乳歯神ミチノナガシハノカミ
投げ捨てたから生まれた神は、 時量師神トキハカラシノカミ
投げ捨てたから生まれた神は、 和豆良比能宇斯能神ワズライノウシノカミ
投げ捨てたから生まれた神は、 道俣神チマタノカミ
投げ捨てたから生まれた神は、 飽咋之宇斯能神アキグイノウシノカミ
投げ捨てた左手の手纏から生まれた神は、 奥疎神オキザカルノカミ、 奥津那芸佐毘古神オキツナギサビコノカミ、 奥津甲斐弁羅神オキツカイベラノカミ
投げ捨てた右手の手纏から生まれた神は、 辺疎神ヘザカルノカミ、 辺津那芸佐毘古神ヘツナギサビコノカミ、 辺津甲斐弁羅神ヘツカイベラノカミ
身につけているものを全て脱いでしまうと、
イザナキ:「上流は流れが激しいし、下流は流れが弱いから、中流にしよう。」と水の中に入りました。
初めて身をすすいだ時に生まれた神は、 八十禍津日神ヤソマガツヒノカミ、大禍津日神オオマガツヒノカミ
次に生まれた神は、 神直毘神カムナオビノカミ、大直毘神オオナオビノカミ、伊豆能売イズノメ
水底で身をすすいだ時に生まれた神は、 底津綿津見神ソコツワタツミノカミ、 底箇之男命ソコツツノオノミコト
水中で身をすすいだ時に生まれた神は、 中津綿津見神ナカツワタツミノカミ、 中箇之男命ナカツツノオノミコト
水面で身をすすいだ時に生まれた神は、 上津綿津見神ウエツワタツミノカミ、 上箇之男命ウエツツノオノミコト

そして左目を洗った時に生まれた神は、 天照大御神アマテラスオオミカミ
右目を洗った時に生まれた神は、 月読命ツクヨミノミコト
鼻を洗った時に生まれた神は、 建速須佐之男命タケハヤスサノオノミコト
イザナキ:「最後の最後にこんな素晴らしい三柱の神を生むことができるとはっ!」
伊耶那岐命は最後に生まれたこの三柱の神,三貴子の誕生を知って非常に喜びました。
そして、天照大御神に自分の首飾り(御倉板挙之神)を下賜し、
イザナキ:「天照大御神よ、あなたは高天原を治めなさい。」と委任したのです。
また、月読命・建速須佐之男命にもそれぞれ、
イザナキ:「月読命よ、あなたは夜之食国を治めなさい。建速須佐之男命よ、あなたは海原を治めなさい。」
と委任しました。

最後の3柱(柱とは、神様を数える時の単位?です)の神様の名前は、 聞いた事がある方も多いんじゃないでしょうか。

しかし延喜式(全50巻、平安初期の国家の法制書)に掲載されている「大祓(オオハラエ)」では、 祓戸大神を古事記のこの場面には出てこない別の4柱の神を挙げていまして、正直なところ祓戸大神が 誰なのか、というのははっきりしないんですよね〜
神道学者の安津素彦先生が編集された「神道辞典」の中では、
イザナギは身に付け手に持つものをすべて投げすてて、水につかって(ミソギをして)祓い清められ、 その結果、天照大御神・月読命・建速須佐之男命が誕生する。
これは、祓えを行うことの目的は天照大御神を始めとする三貴子の境地になるべき事を示したものだ。
と有ります。
以上が、イザナキ大神の禊ぎによって成り出でた神々です。
厳密には、前半は禊ぎをする為に脱いだ服などから成った神々ですから、 「禊ぎ給いし時になりませる」というのは、イザナキが水の中に入って成り出でた『八十禍津日神(ヤソマガツヒノカミ)』 以降の神々でしょうか。
従って、「祓戸大神たち」というのは、
八十禍津日神ヤソマガツヒノカミ
大禍津日神オオマガツヒノカミ

神直毘神カムナオビノカミ
大直毘神オオナオビノカミ
伊豆能売イズノメ

底津綿津見神ソコツワタツミノカミ
底箇之男命ソコツツノオノミコト

中津綿津見神ナカツワタツミノカミ
中箇之男命ナカツツノオノミコト

上津綿津見神ウエツワタツミノカミ
上箇之男命ウエツツノオノミコト


と、なるのかな???
目や鼻をすすぐのも禊ぎだとは思うのですが、天照大御神・月読命・建速須佐之男命の三柱の神々が、 祓戸大神で有るはずがないんですよね〜

神道の流れとして超名門の筋にあたる「泊家神道(白川神道)」でも、 八十禍津日神〜上箇之男命を祓戸の神の御名として詠み上げるそうです。
※泊家神道など神道の流れについては、また別の機会にアップしたいと思います。

ちょっと僕の勉強不足が出てしまったようで、申し訳ありません。
【とりあえずこの辺りで】
ちょっと取り留めが無くなってしまったようです。。。申し訳ありません。
また少しずつ勉強して書き足していきますので、のんびりとお待ちいただければ幸です。


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